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朝のコーヒーが、ぜんぶ決めている。
2026.05.075 分で読めるby 晩婚夫婦

朝、夫が珈琲を淹れる。
ドリッパーにお湯を注ぐ音が聞こえると、私はベランダへ出る。五月の空気はまだ少し冷たくて、湯気が白く立ち上るのを見ながら、今日という日のことをぼんやり考える。
この五分間がある日と、ない日とでは、午前中の機嫌がはっきり違う。急いでいるとき、子どもの準備に手間取ったとき、そういう日は珈琲を後回しにしてしまって、気づくと昼すぎまでずっとせかせかしたまま過ごしている。
移住の準備を始めてから、「今の暮らしのなかで手放したくないもの」を意識するようになった。語学の勉強、節約のための献立管理、ビザの書類——やることは増えるばかりなのに、朝の珈琲だけは削ろうという気になれない。
むしろ、これが「私たちらしさ」の核なのかもしれない、と思っている。
知らない街に移っても、珈琲の匂いさえあれば、そこがホームになる気がする。
海外で暮らし始めたとき、朝の最初の一杯がいちばん大切な時間になるだろう。豆は持っていける。ドリッパーも持っていける。そう思うと、移住という大きな変化が少しだけ小さく感じられる。
夫は豆の産地にうるさい。エチオピア、コロンビア、グアテマラ——同じ「珈琲」でも味がまったく違うと言い張る。私にはよくわからないけれど、毎朝真剣に淹れている姿を見ていると、なんとなく尊敬する。
移住先でも、ちゃんとした珈琲豆が手に入るか、それが今の彼の密かな心配事らしい。